沿革


弘法大師(空海)の事跡を寺院経営の模範と考えていた真言宗豊山派、宝仙寺第50世住職 「冨田 純」は、昭和2年、感応幼稚園(現 宝仙学園幼稚園)、翌3年、 中野高等女学校(現 宝仙学園中学校・宝仙学園高等学校)を創設しました。これが、現在の宝仙学園の始まりです。その後、昭和10年に仏教保育協会保母養成所(現 宝仙学園短期大学保育学科)が、28年には宝仙学園小学校が設立され、さらに39年には短期大学に生活芸術学科(現造形芸術学科)が新設され、宝仙学園は名実ともに総合学園としての地歩を固め、平成10(1998)年に創立70周年を迎え、現在に至っています。本学園は創立以来一貫して、大乗の仏教精神にもとづき、「人を造る」教育を基調としています。すなわち、宗教教育を決して押しつけることなく、 「学園生活をおくることにより、自然の有する力や恵み、理(ことわり) を感受することのできる」豊かな人格の形成を目指しています。

弘法大師(空海)と社会事業

8~9世紀の平安初期の僧で真言宗の開祖である弘法大師(空海)は「お大師さん」 と庶民に親しまれています。弘法大師は讃岐(現在の香川県)に生まれ、 804年、唐に渡り当時の最先端の仏教教学を我が国に持ち帰り、 嵯峨天皇や最澄等との交流を通じて新たな宗派を創始しました。これが真言宗の始まりです。 また、弘法大師は社会事業に関心を持ち、農業用の溜め池をつくったり、 学費を気にすることなく誰でも入学する事の出来る日本で最初の私立学校(種芸種智院)をつくりました。


校歌

宝仙学園中学高等学校 校歌 (wmaファイル) 東京合唱協会